2008年1月25日 星期五

<山田脩二の瓦>

Shuji Yamada 山田 脩二





《山田脩二プロフィール》
1939年兵庫県西宮市甲子園生まれ。桑沢デザイン研究所終了後、株式会社凸版印刷入社。1962年にフリーカメラマンとなり、主に建築・美術など造形的 な写真を撮り続けつつ、日本各地の古いタイプの空間と新しいタイプの空間が交じりあった現代の雑多な村や町や都市の風景を撮影する。「現代日本15人の写 真家」展(1974年、国立近代美術館)をはじめ、展覧会・個展も多数開催。1982年、職業写真家に「終止符宣言」をして、淡路島の瓦生産地集落・津井 で粘土瓦の製造に従事する。
●主な著書
「山田脩二・日本村1969~79」
「カメラマンからカワラマンへ」
「京都の記録 千年のこころ」など





淡路瓦師・山田脩二氏とのコラボレーションが創造する、
生命力としての瓦。


時代に対する疑問からはじまった瓦づくり。

カ メラマンとして、数々の景観をファインダー越しに覗き、その変遷を見守ってきた山田脩二氏は、いまや淡路瓦師として淡路島で瓦を焼き続けています。「都市 の建築物が高層化することで鉄やガラス、コンクリートといった硬い素材が主流になってしまった。社会の利便性を否定するわけではないが、もっと自然だけが 持つ柔らかさや力強さを見直すべきではないか」という強い思いが、カワラマンへの転身を決意させたのです。ノミズでは、そうした山田氏に深い共感を覚え、 互いのコラボレーションによって<山田脩二の瓦>というシリーズを製品化。独自の感性から生み出されるユニークな瓦たちを、ノミズの生産管理技術によって 高いクオリティを実現しつつ提供しています。

生命を宿すまでに昇華した、淡路の土と技。

<山 田脩二の瓦>の特長は、ひとえに山田脩二氏という創作者の個性にあります。「瓦は屋根に葺くものという固定観念を捨てれば、床や壁、さらには広場や歩道に も、利用の可能性は広がっていく」という発想は、カメラマンとして柔軟な視点を培ってきた氏独自のものです。「瓦という存在を伝統性というフィルターだけ 通して見れば、現代の景観や建築にはそぐわないかもしれない。しかし、太古の地層から掘りだされた土を焼いた自然な素材だと考えるなら、都市景観に失われ つつある生命力を取り戻してくれる」という提言とともに、瓦製造の現場の発想を超えた世界観をもたらしてくれました。淡路ならではの土と技に、アーティス ティックな感性を付加した景観材が<山田脩二の瓦>なのです。


【産業文化センター(アプローチ)】
淡路島・西淡町



【玉の湯旅館(庭)】
大分県・由布院


【かんぽの宿(ロビー・壁面)】
兵庫県・淡路島



桑沢デザイン研究所同窓会の前会長であった山田氏。兵庫に生まれ、桑沢デザイン研究所卒業後、印刷会社勤務を経てフリーになりカメラマンとしてのキャリア をスタートしました。『SD』誌『アサヒカメラ』誌などで活躍、先頃出版された『日本の写真家』(岩波書店、全40巻、第39巻が山田氏)では幕末から現 在までの写真家40人の1人として選ばれています。

カメラマンからカワラマンへ

「カメラマンが、訳あってカワラマンになりました(笑)」。『カメラマンからカワラマンへ』(筑摩書房)という著書も持つ山田氏が、淡路島に移り住み瓦職 人としての道を歩みはじめたのは1983年。明石海峡大橋、世田谷区内の道路、集合住宅やホテルの庭園、磯崎新氏の建築の屋根部分など、氏が焼いた瓦を施 工した事例は現在では数多くあり、吉田五十八賞の特別賞も受賞しています。今回の講座では、カメラマン時代の1960年代後半の作品から、カワラマン転身 以降の淡路を中心とした活動までを、ユーモアあふれる氏自身の言葉によって聞くことができました。

日本の空間に見る、光と影

「日本の屋根にいつか瓦をふいてみたい」と言って紹介した富士山の写真に始まり、都市や建築の写真、集落や町村などを撮影していた1968年から10年間 の活動「THE VILLAGE, JAPAN」、自分の瓦を施工した時の写真、淡路の自然や風景をとらえた写真など。「反省しながら、半生を振り返る」という言葉通りに数多くの作品を見な がら講座は進みます。

遠景にモダンなビルディング、近景に はしけ船という写真をさして、「前にある はしけが切ないね…。はしけの運ぶ砂。その光と影。これが建築や土木に関わってくる」。
打ち捨てられた船小屋、古い一軒家のツタがからまる壁などに、山田氏は同じように‘光と影’を見出します。「これをどう思うか。日本の精神文化がここに表 れているのではないか」。「古いものを壞してしまう前に、そこにあった暮らしなど思い出をどう読み取るか。どう引き出すか。それが大事だと思っている」。

淡路の暮らしから

後半は、現在の活動拠点である淡路島と瓦を対象とした作品を中心に解説していきました。棚田、ため池、タバコの葉の乾燥小屋、集落、瓦、土管、廃屋など、山田氏の視点から紹介される淡路の景色には優しさや懐かしさが感じられます。
瓦や土管を指して、「不揃いなのがいいでしょ。工業製品は面白味に欠けるところがある」。川を挟んで見える真っ直ぐな畆と曲がった畆、「田植えの仕方も両方あるから面白い」。
「なくなった景色が数多くある。地震でなくなったり、開発でなくなったり。デザインをするには、こういうイメージをインプットすることが必要なんじゃないだろうか」。



「実はこれから炭を焼こうと思っている」と、炭焼きの大変さ、窯の美しさなどを講座の最後に語ります。
「土も焼く、炭も焼く、瓦も焼く」と山田氏。印画紙を焼いていた時代から、カワラマンとしての今に至る道のりを、改めて確認することができた2時間でした。


山田氏講演風景

兵庫県にある5万のため池のうち、半分は淡路島にある。阪神淡路大震災で底がヒビ割れてしまったところが多く、農業などに被害を与えているという。
「淡路の2万5千のため池を全部撮りたい。なかなか大変なんだが(笑)」
山田脩二氏

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